『進化するアカデミア「ユーザー参加型研究」が連れてくる未来』読んだ

進化するアカデミア 「ユーザー参加型研究」が連れてくる未来

進化するアカデミア「ユーザー参加型研究」が連れてくる未来』を読んだ。ニコニコ学会βができるまでをドキュメンタリーのように追いかけながら、実行委員達が、自らの関心分野や研究対象、経験や知識を踏まえながら、研究や学会の在り方についての考えを綴っている。いかにニコニコ学会βが画期的かという話は置いといて、読書中に残したメモから雑多な感想を書いておく。

パターン・ランゲージ

この本を読んだそもそもの起点は、年始に パターン・ランゲージ: 創造的な未来をつくるための言語 を読んだことによる。クリストファー・アレグザンダーは、近代建築において失われつつある「生き生きとした」都市や街並みを生み出すための方法論として、パターン・ランゲージを提唱する。自分は街並みや都市よりも寧ろ00年代以降のWebでそういう漠然とした問題意識というか寂寥感みたいなものは感じていた。そこで、パターン・ランゲージが生み出す「生き生きとした」空間の特性をWebサービスのような仮想的な空間にも適用できるだろうと仮定して、昨今のWebで生き生きとしている空間はどこだろう、と考え始めたのが最近のこと。

パターン・ランゲージ: 創造的な未来をつくるための言語 (リアリティ・プラス)

塊で読む

経験的に、本を読むときは同じテーマに関連する本を同時進行で読んでいくほうが時間効率が良かったことが多い。今回はまず最初にパターン・ランゲージの本を読んでみて、その中でも特に江渡さんの話に特に興味を覚えたので、彼の著作の中から『進化するアカデミア』を読み始めた。それと同時に読んでいたのが、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』という本。ニコニコ動画は2007年頃からランキングを追い掛けたり動画を投稿したりしていたので、その後どう発展していったのかということと、当時意識していなかったけれど日本のWebとしてはそれがどういう立ち位置だったのかということにも興味があった。この本については 『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』読んだ - ✘╹◡╹✘ に少し書いた。

初音ミクはなぜ世界を変えたのか?

YouTubeとニコニコ動画

YouTubeとニコニコ動画の比較について触れているところがあって、感覚では認識しているけどまともに言葉で表現してあったことが良かった。YouTubeは集合知的・機械学習的で動画をアップロードして共有するためのツールという位置付けだが、ニコニコ動画はアップロードした動画をもとにしてユーザ間のコミュニケーションを促すもの。それは端的な例で言えば、コメントの流れ方やタグの編集方法に色濃く表れている。こういう見方はいろんな所で何度もされているけど、「じゃあ、あなたが説明してみて」と言われると言葉に詰まるので、改めて捉え直せて良かったと思う。

理由があることが創造性を生む

サービスの根底にどんな「理由」があるのか (例: サービスを媒介としてコミュニケーションを促す) が、創造性を生み出し、生き生きとした空間に繋がるのかもしれない。本文中に「理由があることが創造性を生む」という言及がある。思いつきでつくったものには理由がなく、思い入れがあるものには理由があるという。技術力の高低よりも、思想がどれだけ込められているのかという点の方が、ものづくりにおいてより支配的である。そういう意味でも、その思想の根底にある「理由」の持つ影響力は大きい。

プロセスを共有すること

最近のWebサービスは特に思いつきでつくりっぱなしの物が多く、結果が付いてこなかった場合にそこから学びを得ることが足りない、という言及が本文中にあった。サービスの終了は幾つか見てきていて、そのとき何がまずかったのかという振り返りが怠っていたようには見えなかったけれど、まだその程度の振り返りでは全然足りないということだったのかもしれない。学びが足りないというよりも、失敗した過程からの学びが組織の外部と共有されることが少ないことも一つの要因だと思う。

少し別の話題として、e-scienceというものが本文中で紹介されていて初めて知った。次世代の学術研究の方法論として、最終成果物としての論文だけでなく、実験結果やその他の資料を含んだ研究プロセスそのものをネットワークで共有しようという取り組み。プロセスの途中から共有することで、よりフィードバックが得やすくなり、研究自身が発展していく期待が高まる、というのは理想的な形の一つだと思う。少し脱線すると、前に 設計の設計 を読んだ時から超線形設計プロセス論というのがちょっと気になってて、この本を読み終わったら少し調べてみたいなと思っていた。

藤村龍至 プロトタイピング-模型とつぶやき (現代建築家コンセプト・シリーズVOL.19)

利用者参加型

本書の最初に紹介されていた音楽情報処理の分野での一例はまさにその好例で、論文を学会で発表するだけでなく、研究成果から生み出された音楽をニコニコ動画で発表したところ、肯定・否定を含んだユーザからのフィードバックで更に研究が発展したという事例が紹介されている。この取り組みは後に『CGMの現在と未来』というシンポジウムに繋がり、ニコニコ学会β誕生のきっかけにもなっている。『IA100』読んだ - ✘╹◡╹✘ で気になっていた分類法や時間的変化、利用者参加型の設計プロセスが、ようやく実感をもって理解できてきて良い。

面白いものがあるところに人は集まる

全体を通してブレないなと思ったのは、この界隈の人間の中心にはいつも面白さがあるなということ。モチベーションの原点を突き詰めていくと、みな根底からは「何か面白いと思ったからやってみた」という気持ちが感じられる。ニコニコ動画のユーザにしても、面白そうなものがあるところに集まっていってるなということは直感として感じられるし、人が集まるとより良いものをつくろうという動機から、質が生まれている。ユーザだけでなく、野生の研究者達やニコニコ学会βの委員達とて、面白さに惹かれて動いているように見えた。この本を読み始めたときは「生き生きとした空間の持つ特性」という無名の質を求めていたわけだけど、全体を通してようやく取っ掛かりの部分が見えつつある。